2018年2月25日日曜日

BURROUGHS WITH MUSIC (26) DEAD CITY RADIO-その9

引き続き

William S. Burroughs/DEAD CITY RADIO [Island] release.1990


Design : Kevin A. McDonagh

------------------------------------------

いよいよDonald Fagenの登場。とはいえ、あまりFagenらしい音楽じゃないので、期待しないように。

William S. Burroughs (vo, words), Donal Fagen (music, effects)
07. A New Standard by Which to Measure Infamy

これは新作超短編の朗読。そのbackに音楽、というより効果音をつけるのは、Steely DanのDonald Fagen。

FagenがBurroughsファンなのは、そのバンド名「Steely Dan」が、Burroughsの小説THE NAKED LUNCHから取られていることからも明らか。

しかし、Fagenの音楽には、Burroughsの影響を思わせるところはない。歌詞には、「Burroughsの影響?」とも思わせる変なのもあるが。

------------------------------------------

Somewhere in the shadow of the Titanic disaster —still living by the inexplicable grace of God— slinks a cur in human shape, to-day the most despicable human being in all the world. In that grim midnight hour, already great in history, he found himself hemmed in by the band of heroes whose watchword and countersign rang out across the deep  — “Women and children first!”

What did he do? He scuttled to the stateroom deck, put on a woman’s skirt, a woman’s hat and a woman’s veil, and picking his crafty way back among the brave and chivalric men who guarded the rail of the doomed ship, he filched a seat in one of the lifeboats and saved his skin. 

His identity is not yet known, though it will be in good time. So foul an act as that will out like murder.

This man still lives. Surely he was born and saved to set for men a new standard by which to measure infamy and shame.

引用元:
・EOI SABIÑÁNIGO > 4. DEPARTAMENTO DE INGLÉS > Categorías > LISTEN & READ > William S. Burroughs 1914-1997 (December 5th, 2014)
http://www.eoisabi.org/?p=6046

------------------------------------------

これは、1912年のTitanic号沈没の際に、「救命ボートには女性・子供優先」とされていたにもかかわらず、女装してボートに乗り込み助かった、とされる男の話。

調べていくと、変な話が出てきた。

------------------------------------------

実はこの男というのは、Titanic号唯一の日本人乗客であった鉄道官僚・細野正文(1870-1939)のことらしい。

これが事実なら全く恥ずべきことであり、実際、助かってから帰国後には、彼は大きな非難を浴び、鉄道副参事から降格されるという憂き目を見ている。

しかし、これはどうもデマと誤報による情報だったらしく、その後の調査で、細野氏の名誉は回復されている。現在は、弁解を一切しなかった細野氏への賞賛の声も聞くことができる。

上記記事では、「女装」という話は一切出てこない。おそらくデマが飛び交う過程で、誰かが盛った話が混入したものと思われる。

ちなみに、細野正文はミュージシャン細野晴臣の祖父である。

参考:
・ウィキペディア > 細野正文 (最終更新 2017年9月13日 (水) 12:05)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E9%87%8E%E6%AD%A3%E6%96%87

主要文献:
・安藤健二 (2007.3)タイタニックで助かった日本人の謎. 新潮45, vol.26, no.3, pp.98-105.
→ 増補改訂再録 : (2008.5) 10 捏造された日本人差別 タイタニック生還者が美談になるまで. 『封印されたミッキーマウス 美少女ゲームから核兵器まで抹殺された12のエピソード』所収. pp.93-123. 洋泉社, 東京.
→ 再録 : (2011.10) #04捏造された日本人差別 タイタニック生還者が美談になるまで. 『ミッキーマウスはなぜ消されたか 核兵器からタイタニックまで 封印された10のエピソード』(河出文庫)所収. pp.53-81. 河出書房新社, 東京.
・石井健 (1997.10) 日本人の「汚名」手記がそそいだ 米財団分析 タイタニック号の沈没事故 「無理やりボートに乗ってきた」 生還の細野正文さん. 産経新聞, 1997年10月29日夕刊.
・細野正文・著, 細野日出男・談, サンデー毎日編集部・編著 (1980.9) 全公開 ただ一人の日本人乗客の遭難手記 ボートニハ婦人連ヲ最優先ス、男子乗ラントスルモ、船員之ヲ拒ミ短銃ヲ擬ス (大特集 永遠のロマンと悲劇 タイタニック号). サンデー毎日, 1980年9月14日号, pp.30-34.

------------------------------------------

ずいぶん寄り道してしまったが、Fagenがつける効果音は、そのストーリーに沿ったもの。

「グー」という船のエンジンの重低音、「ふぉー」という汽笛の音、「ギッ、ギッ」というボートのオールの音、悲鳴。Fagenらしからぬ音楽だ。最後に短いpianoのフレーズ。

まるでSF映画のsoundtrack。

------------------------------------------

これ、Donald Fagenのdicographyでも無視されている。先日の

レコード・コレクターズ2017年9月号 特集 ドナルド・フェイゲン

でも取り上げられていなかった。「無視」と言うよりは、ほとんど誰も知らないのだな、きっと。

===========================================

(追記)@2018/02/25

・ウィリアム・バロウズ・著, 山形浩生・訳 (1998.5) 『夢の書 わが教育』. 235pp. 河出書房新社, 東京.
← 英語原版 : William S. Burroughs (1995) MY EDUCATION : A BOOK OF DREAMS. 193pp. Viking, NYC.


装幀 : 岩瀬聡

のp.15に、タイタニック号の沈没について、以下の様な記述があった。

でもイタリア人のスチュワードは女装して、最初の救命ボートにこそこそ潜り込んだ。

どうやら、Burroughsが語っていたのはこの人物のことで、細野正文氏のことではなかったようだ。

しかし、この手の話は安藤氏の著作を見てもわかるように、噂の伝播過程でどんどん混同されるものなので、機会あるごとにはっきり区別しておきたいところだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿