アナログでは持っていたのだが、ようやくCDでも入手できたので、これを機に報告しておこう。
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James Newtonは1970年代後半に現れた、いわゆるLoft Jazz系のミュージシャン。フルート奏者。1953年LA生まれ。
西海岸出身らしからぬ前衛的な作風だが、実は西海岸黒人でも前衛派というのは意外にいるのだ。Eric Dolphyをはじめ、Horace Tapscott、David Murray、Arthur Blytheなど。
フルート奏法にはDolphyの影響が強いし(Roland Kirkの影響もある)、New Yorkに移った後も、MurrayやBlytheとの仕事が多かった。
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はじめて聴いたのは、
Arthur Blythe/LENOX AVENUE BREAKDOWN [Columbia] pub.1978
だった。これはやはりロフト系のアルト奏者Blytheのメジャー・デビュー作で、Newtonをはじめ、James Blood Ulmer、Cecil McBee、Jack DeJohnetteら豪華メンバーを集めた意欲作。
その1曲目はDown San Diego Wayと云って、なんとBlytheにLatin Jazzをやらせるという企画もの。そこでJames NewtonはものすごいLatin fluteを吹いていた。そのせいで、この人はLatin Jazzの人なんだと思い込んでいた。実は万能のfluitistだったわけなんだが。
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それでちょこちょこ集めるようになったのだが、1980年頃のIndia Navigationの諸作(Anthony Davis (p)とのコラボが多い)、John Carter (cl)とのコラボなど聴いてきた。そのうちfluteという楽器の性格もあるのだが、わりとつかみ所のない茫洋とした作風であることがわかってきた。
1980年代前半、Grammavisionに移ると、McCoy TynerんとこのJohn Blake (vln)とか、BlytheのとこのAbdul Wadud (cello)などとのコラボが増え、一層室内楽的になっていく。この辺であまり興味が持てなくなってきた。
1980年代半ばには、復興Blue Noteに2作リーダー作を残している。THE AFRICAN FLOWER [Blue Note] rec.1985が有名だが、これも聴かなかったなあ。
BlytheのLENOX・・・での印象が強すぎて、それを超える作品には出会えなかった、という感じ。
1990年代に入ると演奏活動も下火となり、California州に戻り、JazzやClassicを教える活動が中心となる。現在はUniversity of CaliforniaのDistinguished Professorとして教鞭をとっている。
・JAMES NEWTON : composer, fluitest, conductor(as of 2017/04/04)
http://www.jamesnewtonmusic.com/
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めきめき頭角を現していた時代の1982年に録音した、唯一のECM作品がこれ↓
James Newton/AXUM [ECM] rec.1982, pub.1983, CD-issue 1988
Cover : Ancient Ethiopian Scroll "Guardian Angel" from Jacques Mercier (1979.4) ETHIOPIAN MAGIC SCROLLS. George Braziller, NYC.
Design : Barbara Wojirsch
1982/08, Ludwigsburg, West Germany
JN (fl, alto-fl, bass-fl)
01. The Dabtara
02. Mälak 'Uqabe
03. Solomon, Chief of Wise Man
04. Addis Ababa
05. Choir
06. Feeling
07. Axum
08. Susenyos and Werzelya
09. The Neser
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驚くなかれ、全編flute soloによる作品だ。完全ソロあるいは、自演によるflute ensemble(多重録音)に乗せてのimprovisationだけで構成されている。
レーベルECMの特徴でもあるのだが、録音がとにかくいい。雑音の全くないクリアな音色に心が洗われるようだ。ほどよくきいたエコーの効果も絶妙。さすがManfred Eicherである。
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ジャケットを見てもわかるように、作品のテーマはEthiopiaの旧約聖書の世界。Jazzにあるまじきテーマだ。
ただし音楽的には、Ethiopiaの宗教音楽、民俗音楽、ポピュラー・ミュージックなどを参考にしている様子はない。Ethiopiaはあくまで作品のイメージ素材として使っているだけと思われる。
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01. The Debtara
Debtaraは、Ethiopia正教の遊行聖職者のこと。Debteraともいう。多分に、キリスト教以前の民間信仰の色彩が強く、シャーマニズムを強く残している。各地を旅しながら民衆に呪術、民間医療、民間宗教音楽を施し収入を得ている。
参考:
・Wikipedia (English) > Debtera (This page was last modified on 5 January 2017, at 16:19)
https://en.wikipedia.org/wiki/Debtera
多重録音のフルートアンサンブルに乗っかり、深呼吸するようなメロディが奏でられる。深みのあるbass-flが美しい。flの高音の伸びにも驚く。
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02. Mälak 'Uqabe
これは、Ethiopia正教での守護天使の名前。おそらくジャケットの天使をイメージしているのだろう。
参考:
・Film – North > books > ? > HIM : Sellassie HyperBiography > (Very Short) Glossary (2007-2009)
http://afronord.tripod.com/him/page30.html
こちらは完全ソロ。よく構成されているので、ある程度作曲はされていると思われるが、とても美しい演奏だ。高音の伸びなど驚異的。かと思うと低音もよくコントロールされているし、文句なし。
高音のロングトーンに声を交えて、multiphonicsを実現している。この辺はJazz musicianならではのテクニックだ。
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03. Solomon, Chief of Wise Man
Solomonは言わずと知れた古代Israel王(紀元前11世紀頃)。Shebaの女王と結婚したことでも知られる。
Sheba王国は、Yemenにあったとも、Ethiopiaにあったとも云われ、その場所は定まっていない。しかしEthiopiaでは、このSolomon王とShebaの女王Makedaの間に生まれた男子Menelik 1世が、近代Ethiopia帝国Solomon朝の遠祖とされているのだ。
参考:
・Wikipedia (English) > Queen of Sheba (This page was last modified on 28 February 2017, at 19:09)
https://en.wikipedia.org/wiki/Queen_of_Sheba
こちらはalto-flでの完全ソロ。とても落ち着いた演奏。alto-flの音色の美しさを聴くだけでも十分楽しめる。
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04. Addis Ababa
Ethiopiaの首都。Amhara語での意味は「新しい花」。19世紀末にEthiopia王都となリ、以後Ethiopiaの首都であり続けている。
多重録音による、鳥がさえずるような賑やかな演奏。Newtonの作・編曲の実力を知らしめる曲だ。
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05. Choir
この曲はRap GroupのBeastie Boysがsamplingした曲として知っている人もいるかもしれない。この件は裁判になり、解決したのかどうか知らない。
参考:
・NEW MUSIC USA/NEW MUSIC BOX > ARTICLES > Molly Sheridan/WHEN STEALING IS NOT A CRIME: JAMES NEWTON VS. THE BEASTIE BOYS (JULY 24, 2002)
http://www.newmusicbox.org/articles/when-stealing-is-not-a-crime-james-newton-vs-the-beastie-boys/
完全ソロ。声を交えたmultiphonicsテクニックが堪能できる。この辺はclassicのフルート奏者はまず使わないテクニック(だと思う)。これはやはりjazzなのだ。
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06. Feeling
完全ソロ。すごくシンプルな即興演奏。
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07. Axum
Aksumとも云う。Ethiopia北部の地名。Axum王国(紀元前5世紀頃~紀元10世紀)の王都であった。13世紀に始まるEthiopia帝国Solomon朝はAxum王家が復興したもの。すなわちSolomon王とShebaの女王の子孫を称している。
参考:
・Wikipedia (English) > Axum (This page was last modified on 3 March 2017, at 04:02)
https://en.wikipedia.org/wiki/Axum
・Wikipedia (English) > Kingdom of Axum (This page was last modified on 11 March 2017, at 07:31)
https://en.wikipedia.org/wiki/Kingdom_of_Aksum
多重録音に声まで加えて、奥の深い音作りをしている。声の効果がここでは絶大。これは録音するのに、どんだけ時間かかったんだろうか。驚異的な曲。
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08. Susenyos and Werzelya
聖者Susenyosとその妹で悪魔に魂を売り渡したWerzelyaの物語。Ethiopiaに伝わる神話である。
聖者Susenyosの妹Werzelyaは、悪魔Satanと結婚し娘を生む。そして魔力を得るために、Werzelyaは娘の血を日々吸うのであった。この悪業を知ったSusenyosはWerzelyaを殺したが、Werzelyaは死霊となって戻り、人々を殺して血をすする吸血鬼となった。Susenyosは再び妹を退治しに出向き、悪魔軍団とまとめてWerzelyaを滅ぼした。以後、Susenyosの護符を持っていれば、悪魔が仕掛ける災難から免れる、という伝承が生まれた。
参考:
・Encyclopedia of Vimpire Mythology > W > WERZELYA (as of 2017/03/20)
http://vampmyth.com/122/87/991065.html
完全ソロ。緩急をつけた展開で、これはもちろんフルートで物語を語っているのだ。物語の映像に、即興で音楽をつけている、と思えばいいだろう。このアルバムの中では一番即興性の強い演奏(普段の演奏に近い)。
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09. The Neser
Nazthareth/Nazaret(ナザレ)ともいう。現Israel北部の町。すなわちイエス・キリストが育った町である。Ethiopia中央部にもNazaret(Adama)という町があるが、唯一無二の「the」がついているので、キリストゆかりの町の方だろう。
flの多重録音アンサンブルに乗って、alto-flがゆったりと奏でられる。主役は変幻自在のアンサンブルの方だ。これもNewtonの構成力・編曲が光る。
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普段のimprovisorの力を抑えて、作・編曲能力を存分に発揮した超力作なのだが、話題になることはほとんどなかった。日本盤も出なかったんじゃないかな。知名度が超低いままなのは、実にもったいない。
おそらく初CD化以来約30年再発されたことがないので、かなり入手難。ECMはなかなか再発されないの多いから、ここはムラマツ・フルートが権利を買い取って、常時入手できるようにしてほしいなあ。無理かなあ。
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(追記)@2019/07/17
James Newtonのもう一つのsolo作品(実はもっとたくさんあるが・・・)を紹介しているので、そちらもどうぞ。
2019年3月4日月曜日 James Newton/ECHO CANYON エコーとのインタープレイ
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