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2022年3月17日木曜日

Gil Evans/THE REAL BIRTH OF THE COOL – 1940年代Be-Bop に目覚めた Gil の進化過程

★Twitter 2020/11/22より転載+加筆修正★

Gil Evans / THE REAL BIRTH OF THE COOL : STUDIO RECORDINGS [The Jazz Factory <Andorra>] rec.1941-42 & 1946-47, rel.1999

Gil Evans が Claude Thornhill Orch の arranger として在籍中に編曲した曲を集めたもの。

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大元は日本企画。Mark Gardner という Jazz writer/評論家と瀬川昌久さんの produce。

Claude Thornhill and His Orchestra featuring Gil Evans Arrangements / THE REAL BIRTH OF COOL [CBS Sony <Jp>] rec.1940's, rel.1971

日本盤は、Thornhill の代表曲 Snowfall (1941) 以外、1946-47年の Be-Bop を取り入れた時代の曲に限定。しかし、その中には Gil 以外の arrangements も含んでいた。

本盤ではそれらをカット、あるいは bonus tracks として末尾に移動。それに加え、Be-Bop 以前1941-42年の Gil's arrangements も収録している。録音順に並べてあるし、これで Gil の進化過程を順序よく追えるようになった。

1942-46年に blank があるのは Thornhill が兵役に取られて band が一時解散していたから。Gil は Canada 国籍だから兵役はなかったのかな?

Thornhill Orch のメンバーには、Barry Garbraith (g)、Louis Mucci (tp)、Lee Konitz (as)、Bill Barber (tu)、Red Rodney (tp) など、その後長く付き合う連中も含んでいた。本盤ではあまり出番はないが。

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1941-42年の arrangements に Gil らしさはあまり感じられない。Thornhill Orch 自体おとなしめの、半ば Mood Music 志向だし、聴いてあまり面白くはない。またリーダーの Thornhill の piano がまた端正すぎるんだわ。心地よくはあるけど。

There's Small Hotel - Claude Thornhill Orchestra

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それが、1946年になると、曲が急に躍動的になる。そして La Paloma では、のちの Gil sounds に特徴的な、うごめくような ensemble が現れる。French horns を feature した柔らかい sound は、当時としては画期的かつインパクト大なものだったらしい。

La Paloma

日本でも、本作が V-Disk SP盤で入ってきていて、好き者の間で評判を呼んでいた、とは瀬川昌久さんの報告。


なお、瀬川さんは2021年12月に亡くなられた。享年97歳。瀬川さんは、Parker を生で聴いた数少ない日本人。今頃は、ようやくあの世で Parker を再び生で聴いていることでしょう。

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そして La Paloma の次に出てくるのが、Charlie Parker 作 Anthropology だ。Konitz、Garbraith も solo をとる。もう Be-Bop band になっている。白人系 band で Be-Bop を取り上げたのは、おそらくこれが初めてだろう。Sir Charles Thompson 作 Robin's Nest も出てくる。

Anthropology

Robbin's Nest

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余談だが、Sir Charles Thompson (1918生) は、日本人と結婚して2002年以来東京近郊 (どこだろう?) に住んでいたが、2016年に日本で亡くなった。享年98歳。日本の Jazz journalism は、生前もっといろいろ話を聞いておくべきだったなあ。


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この辺、端正志向のリーダー Thornhill はどんな気持ちで piano を弾いていたんだろうか?よほど度量の大きい人だったのかもしれない。

Lover Man の intro も Gil らしいウゴウゴ ensemble。この曲は Thornhill の資質にも合っている感じ。

Lover Man

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しかし、Donna Lee、Yardbird Suite となるとどうだろう?Thornhill もかなり無理してる気がする。これを聴くと、Thornhill も実はかなりテクのある人であることがわかる。テーマの ensemble は完全に Be-Bop。Yardbird Suite では Konitz がsoloをとるがまだヘタだ。

Donna Lee

Yardbird Suite

ここまで Be-Bop number はみな Parker の持ちネタだ。Gil が Parker に心酔していたことがわかる。

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この後 Gil は Thornhill Orch を辞め浪人生活。そして Gil のアパートにたむろしていた Miles Davis 以下の連中によって、BIRTH OF THE COOL が作られる。

Miles Davis / THE COMPLETE BIRTH OF THE COOL [Capitol] rec.1948-49, rel.1998

これ、みんなお勉強として聴くだけで、ダントツで「つまんない名盤」の栄誉を勝ちとってるけど、自分は面白いと思うけどなあ。

それはさておき、この盤は、オリジナル + boolegs で出回っていた The Royal Roost Live を併録してあり、同 Nonet の発展がより分かりやすくなっている。

とはいえ、この sessions で、Gil は Birth of the Cool Theme、Moonbeams、Boplicity の3曲しか arrangements を提供していない。意外に活躍していないのだ。遅筆のせいもあるんだろうけど。完璧主義すぎて肝心な時に間に合わないのは、もうこの頃から。

2017年10月19日木曜日

ロビン・ケリー 『セロニアス・モンク 独創のジャズ物語』 ひろい読み2

Derek Bailey話の途中ですが、先日紹介した

・ロビン・ケリー・著, 小田中裕次・訳 (2017.10) 『セロニアス・モンク 独創のジャズ物語』. 673+30pp. シンコーミュージック・エンタテイメント, 東京.
← 英文原版 : Robin D.G. Kelley (2009) THELONIOUS MONK : THE LIFE AND TIMES OF AN AMERICAN ORIGINAL. xviii+588pp.+pls. Free Press, New York.


装丁 : 石川絢士(the GARDEN)

ようやく読了しました。2週間かかったな。読むだけでも大変なのに、この翻訳はホントにすごい仕事だ。

これから、何度も何度も拾い読みすることになるだろう。この本で、何十年も楽しめると思うと、ほんとうにうれしい。

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その中から、また気になったところをひろい読み。

(1) Theloniousという名前

この本では、Monkの先祖を3代前まで逆上って調べてある。曾祖父母がJohn Jackと通称Mother Cole。祖父母がHinton ColeとSarah Ann Williams。父母がThelonious Monk Sr.とBarbara Batts (Monk)。

この本には残念ながら、固有名詞のアルファベット表記がほとんどない。せめて索引にはアルファベット表記をつけてほしかった。

「Thelonious」という、このUSA市民としては一風変わった名前はラテン語。7世紀フランスのキリスト教聖者St. Tiloのラテン名だ。英語にするとTheodore。

ここまでは知っていたのだが、その名をMonkの父につけたのが祖父Hinton Cole。彼は、どうもカトリック教やラテン語の勉強していたようなのだ。それでも19世紀に黒人で、「Thelonious」というラテン名をつける、というのは只者ではない。さすがMonkの祖父と言えようか。

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(2) Babs Gonzalesの兵役逃れ

Be Bop期の男性シンガーBabs Gonzales(1919-80)。彼の兵役逃れの作戦は爆笑もの。ここではネタばらしはしないが、知りたい人は本書p.130を読んでほしい。

しかしこの話、たぶん盛ってるな(笑)。

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(3) Miles Davisとのケンカ

この本には、MonkとMilesの口ゲンカが何度も出てくる。MilesがMonkから多くを教わり、尊敬していたのは間違いない。ただし「自分のバックでMonkが弾くのは勘弁」と思っていたのも間違いない。Monkのバッキングは、Milesのソロには合わない。

しかし、かの有名な1954年12月24日の、いわゆる「ケンカ・セッション」は誤り。これはもう、「マイルス自伝」などで、みんな知ってるだろう。

実際、このレコーディングの後、MonkはMilesを家に招待し、Milesは朝までくつろいでいた、てんだから。

でも実は、その9ヶ月前、MonkとMilesはケンカをしていた。1954年3月、Monkのアパートで、Monk、Miles、Max Roachが練習をしてた時に、Milesは「あんたの弾き方は間違ってる」とMonkをけなし、二人は一触即発になった。

まあ、殴り合いまでは行かなかったが、どうも「ケンカ・セッション」神話には、このあたりの話も混入しているような気がする。

1955年7月Newport Jazz FestivalでのMiles – Monk共演でも、互いに「あいつの演奏は間違ってる」と言い合ってケンカになったらしい。これも、後には「ケンカ・セッション」神話に吸収されたのかもしれない。

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(4) MilesがColtraneを殴ってクビにした事件

1957年4月、Café Bohemiaに出演していたMiles 5だったが、麻薬中毒のColtraneとPhilly Joe Jonesがあまりにも不甲斐ないステージをするので、Milesは怒って二人をクビにした。

その時にMilesはColtraneをぶん殴ったらしい。このステージを聴きに来ていたMonkが、ちょうどその場に居合わせ、Coltraneに「オレのところに来い」と引き取った、と云われる。

あまりにも出来過ぎた話なので、

2017年1月24日火曜日 Thelonious Monk at the Five Spot大全(1) Monk's Mood (revised)

では、「おそらく神話にすぎないだろう」と書いてしまったが、この本によると、どうも本当らしい。

こういう運命の瞬間って本当にあるんですね。ドラマみたいだ。訂正します。

なお、THELONIOUS HIMSELFで、1曲だけColtraneが参加しているMonk's Moodの録音は、この事件よりも前らしいです。

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この本読んではじめて知った、おもしろい話はまだまだあるので、Bailey話の合間に、またやりましょう。

2017年1月24日火曜日

Thelonious Monk at the Five Spot大全(1) Monk's Mood (revised)

Thelonious Monkは1951年、Bud Powellの身代わりとなって麻薬所持の罪で投獄された。その際にcabaret cardを没収され、NY市内のクラブでは仕事ができなくなった(Jazz Festival、TV、海外などでの演奏はOK)。

1957年になり、パトロネスであるPannonica de Königswaterの手助けでcabaret cardを再取得することができた。

そしてその夏から冬にかけてFive Spot Caféで長期ライブを行い大評判となる。そのパートナーとなったのはJohn Coltrane。

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Coltraneは、1955年以来Miles Davis Quintetのレギュラーであった。

1957年は、Miles 5の2作、

Miles Davis/'ROUND ABOUT MIDNIGHT [Columbia] rec.1955-56
COOKIN' WITH The Miles Davis Quintet [Prestige] rec.1956

が発売され、そのプロモーションのライブ活動を開始しようとしていたところであった。

1957年4月、Miles 5はNYCのCafé Bohemiaでの長期ライブに臨んだが、それはわずか1週間で終わってしまう。というのも、ColtraneとPhilly Joe Jonesがヘロイン依存症で会場に現れなかったり、現れてもボロボロの演奏をするばかりであったためという。

それでMilesはColtraneをぶん殴り、Quintetは解散。MilesとColumbiaはQuintetで売り出すのをあきらめ、その後しばらくはGil Evansとのコラボを前面に打ち出していくことになる。

Jazz史の本や記事などでは、「Mile Davis 5が一世を風靡した」みたいに書かれていることが多いけど、実際はそんなにうまくいってはいないよう。録音時と発売時にタイムラグがあるので、Miles 5の評判が一般に高まるのは、1957年の解散後のようだ(ライブ会場やミュージシャン間での評判はすでに高かっただろうけど)。

そして、その評判に乗っかって、Milesは1958年にQuintet+Cannnonball Adderley (as)のSextetでバンドを復活させる。

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Miles 5をクビになったColtraneを拾ったのが、Thelonious Monk。MilesがColtraneをぶん殴る現場にMonkがいて、そこでColtraneを拾ったという話もあるが、それはできすぎだ。おそらく神話にすぎないだろう。

(追記)@2017/10/20

などと書いてしまったが、

・ロビン・ケリー・著, 小田中裕次・訳 (2017.10) 『セロニアス・モンク 独創のジャズ物語』. 673+30pp. シンコーミュージック・エンタテイメント, 東京.
← 英文原版 : Robin D.G. Kelley (2009) THELONIOUS MONK : THE LIFE AND TIMES OF AN AMERICAN ORIGINAL. xviii+588pp.+pls. Free Press, New York.

によると、どうも本当らしい。詳しくはこちらで↓

2017年10月19日木曜日 ロビン・ケリー 『セロニアス・モンク 独創のジャズ物語』 ひろい読み2

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Coltraneは、4月には早くもMonkのレコーディングに参加している。

Thelonious Monk/THELONIOUS HIMSELF [Riverside→Fantasy/OJC] rec. 1957, re-issue 1987


















Cover Design : Paul Bacon

1957/04/05 & 16, NYC
TM (p)

01-08. 略

1957/04/16, NYC
John Coltrane (ts), TM (p), Wilbur Ware (b)

09. Monk's Mood

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Monkのソロ作の最後に1曲だけ参加。

Monkがソロで1コーラス、Coltraneが加わり1コーラス半、テーマを奏でるだけの静謐な演奏。

珍しい構成だが、こういったアプローチはMonkはバラード曲を挟んで来る時によく使う。テーマのみ、あるいは少しフェイクを加えるだけで短くまとめるやり方。

題材となるのはCrepuscule with Nellie、Just A Gigoloなど。それほど多くないが、このMonk's Moodはその流れと見ていいだろう。

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主にMonkのアイディアだろうとは思うが、Coltraneにもその素養がすでにあったんではないだろうか?

Coltraneは、若き日にはJohnny Hodgesがアイドルであり、Miles 5に加入する直前の1954年には数ヶ月間Hodgesバンドのメンバーでもあった。

Coltraneの高音を多用する、tsらしからぬ音色は、tsでHodgesになりたかったのではなかろうか?とも思っている。

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John Coltrane/BALLADS [Impulse] rec.1961-62

は、言わずと知れたColtrane最大のヒット・アルバム。

このアルバム当時、Coltraneはマウスピースの調子が悪く激しい演奏を避けていた、とか、それまでImpulseが出したアルバムの売れ行きが悪いので、売れ線狙いのアルバムを出した、とか言われている。

それは本当かもしれないし、邪推かもしれない。しかしアルバム・コンセプトとしては、これはColtraneがHodgesになろうとしたアルバムではなかろうか?と思っている。

「一度はHodges的なアルバムを作ってみたい」とColtraneは思っていたんじゃないかなあ。ちょうどそのタイミングが来たわけです。

これと、ColtraneがまるでHodgesの代役を務めたかのような

Duke Ellington & John Coltrane [Impulse] rec.1962(BALLADSと同時発売だったらしい)

で、Hodgesに借りを返した形になり、Coltraneはその後数年間は激しい音楽に邁進していく。

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で、Monk's Moodに戻ると、バラード曲ではテーマを奏でるだけで終わり、あるいはアドリブだけ他の奏者にまかせる、というのはHodgesもよくやるアプローチなのだ。このMonk's Moodはそれとよく似ている。

テーマをを繰り返すだけ、というMonkのアイディアにColtraneは「ああHodgesのあれね」とすぐに順応できたのかもしれない、と思っているのです。

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実はColtraneは、後に自作で似たアプローチをやっている。

John Coltrane/GIANT STEPS [Atlantic] rec.1959

のNaimaがそうだ。

そこではColtraneは最初と最後にテーマを吹くだけ。アドリブはWynton Kelly (p)にまかせている。Kellyの名演。

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もう一つ

John Coltrane/OLÉ COLTRANE [Atlantic] rec. 1961

のAisha(作曲はMcCoy Tyner)でも同様に、Coltraneは最初と最後のテーマのみ。

アドリブはFreddie Hubbard (tp)→Eric Dolphy (as)→McCoy Tyner (p)と続き、最後にColtraneがテーマでビシッと締める。7分強で簡潔にまとまった美しい演奏だ。

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Monk's Moodで1回終わってしまいましたが、その後Coltraneは2度Monkのレコーディングに参加した上で、Five Spotに臨みます。

次回はその過程を見てみましょう。