2019年2月12日火曜日

BURROUGHS WITH MUSIC (96) William S. Burroughs+Kurt Cobain/THE "PRIEST" THEY CALLED HIM-その3

引き続き

William S. Burroughs+Kurt Cobain/THE "PRIEST" THEY CALLED HIM [TimKerr] rec.1992, release 1993


Design and Layout : Steve Connell

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今回は和訳。

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「みなさん、結核と闘いましょう」クリスマス・イブ、ノースクラーク通りでクリスマス・シールを売る老ジャンキー、人呼んで「神父」。「みなさん、結核と闘いましょう」

人々は足早に通り過ぎ遠くの壁に灰色の影時間も遅くなってきてキメるための金もないかれが脇道に入ると湖の風がナイフみたいに直撃。タクシーが停まってちょうど街灯の下でスーツケースを持った少年が降りた予備校制服姿のやせたガキどっかで見覚えのある顔だと神父はつぶやき戸口から見守るなにかずっと昔のことを思い出させるあそこの少年がコートのボタンをはずしたままズボンのポケットに手を突っ込んでタクシー代を探っている。タクシーは走り去って角を曲がった。少年は建物に入ってフムフムいけるかも。スーツケースは戸口のところで少年の姿はまるで見えず、おそらくは鍵を取りにいったんだろうすばやく動かないと。かれはスーツケースを取ると角を目指す間に合ったケースを見下ろすどうもあの少年の持ってたスーツケースとちがう感じでどんな少年も持ちそうにないこのケースがなぜこうも古く見えるのか神父にはどうしても解せず、古くて汚れた低級な革で重たい中には何が入ってるのかなかれはリンカーン公園に入って空き地を見つけてケースを開けた。切断された人間の脚が二本黒い肌の若者の脚で黒いスネ毛が薄暗い街灯の明りの下でギラつく。脚はケースに無理に押し込まれていてそいつをほじくりだすのにケースのうらにひざを当てて押し出さなくてはならなかった。

「それでも脚か」とかれは足早にケースを持って去ったこいつはキメるための数ドルを稼いでくれるかも。

故買屋は胡散臭そうに鼻をクンクンさせた。「なんだか妙な匂いがすんなあ・・・これ、メキシコ製の革か?」

神父は肩をすくめた。

「ふん、どっかの冗談屋が始末をつけそこねたわけだ」故買屋は冷たい不服をもってケースを見つめた。

「しょうがねえなあ元の牛をまともに殺しそこねたんじゃねえのどう頑張っても三しか出せねえよ、これだってこっちの持ち出しだけど、何てったってあんたは神父さんだもんな」$$$かれは三枚を机の下で神父の汚い手に滑りこませた。

神父は街の影の群れの中にすべりこむ胡散臭くこそこそと三両じゃあ袋は買えないなあ1/4以下じゃどうしようもないもんなあ、そういやあの老いぼれ医者が借りの三両払うまでツラ出すなって言ってたな、こりゃおあつらえむきだ、セコい三両の防衛戦をふっ飛ばしてやろう。

医者は彼を見て歓びはしなかった。「何しにきた! 言っただろう・・・」神父は札を三枚机に並べた。医者は金をポケットにしまうとわめき出した。「もめごとはたくさんだ! 人が嗅ぎ回りにきたんだ! 免許を取り上げられるかもしれんのだぞ!」

神父は黙ってすわって何年ものヤクで老いて重くなった目を医者の顔に据える。

「処方箋なんか書いてやれんぞ!」医者は引き出しをこじあけてテーブル越しにアンプルを滑らせてよこす。「ここにあるのはそれだけだ!」と医者は立ち上がった。「そいつを持って失せろ!」とかれはヒステリックに絶叫。神父の表情は変わらず医者はさっきより静かな口調でつけくわえた。「だいたいわたしはプロだし、おまえみたいな連中に悩まされるべきじゃないんだ」

「これだけしか用立ててもらえんのかね? たった1/4グレインが一本? もう1/4貸しといてもらえませんかな?」

「出てけ! 失せろ! でないとホントに警察呼ぶぞ!」

「わかりましたよ、先生。おいとましましょうかね」

神さま、寒いったらありゃしないし下宿屋までの道は遠いうらぶれた通りぞいの部屋でしかもてっぺんこの階段が(ゴホン)神父は手すりにつかまってからだを引き上げて洗面所にいく黄色い木のパネルでトイレはあふれてて、洗面台の下から茶色の紙に包んだ道具を取り出して部屋に戻り一滴残らず点滴器に入れてそでをまくりあげた。そこへ隣の十八号室からうめき声が聞こえたそこに住んでいるのはメキシコ人のガキで神父は階段ですれちがったときにその子が中毒しているのを見てとったが声をかけたことはなかったお稚児さん趣味までは要らないと思ったからであれはどこのことばでもろくなもんじゃないし、神父は生涯でろくでもない目に会いすぎていたところへまたあのうめき声が聞こえる。肌で感じられるようなうめき声であのうめき声は間違えようがないしその意味するところは事故にあったか何かでとにかく壁ごしにあんな音が聞こえてくるようじゃ我が神父的投薬を楽しめんじゃないか、薄い壁なんですなこれが、と神父は点滴器を置いて寒い廊下で十八号室のドアを叩く。

「Quien es?」

「坊や、神父じゃよ。隣に住んどる」

だれかがびっこをひきながら部屋を横切ってきたのが聞こえ閂が外されて少年がそこに立ってた下着のショーツ姿で目は苦痛で黒い。倒れかける。神父はベッドまで肩を貸す。

「どうしたね、坊や」

「脚なんです、セニョール・・・こむらがえりで・・・それにいまはクスリもないし」

神父には木の結び目みたいなこむらがえりが見えたそのやせた若い脚の上に輝く黒いスネ毛。

「三年前に自転車レースで足を傷めてそのときにこむらがえりがはじまって、それで・・・」

それでこいつは脚のこむらがえりと複合したヤク癖を持ってるわけだ。老神父は少年がうめくのを肌で感じながらそこに立っていた。祈るかのように天を仰いで部屋に戻り点滴器を取ってくる。

「たった1/4グレインじゃがね、坊や」

「ぼく、あんまりたくさんは要らないんです、セニョール」

神父が十八号室を出たとき、少年は眠っていた。かれは部屋に戻ってベッドにすわる。そのときそれが重く静かな雪のように襲った、灰色のヤクの過去のすべてが。かれはそこにすわって無垢の一発をキメてもらい、そして当の自分が神父だったから、わざわざ臨終に呼ぶ必要もなかった。

from W・S・バロウズ・著, 山形浩生・訳 (1993.1) 人呼んで「神父」. 朝倉久志ほか・訳 『おぼえていないときもある』所収. pp.186-190. ペヨトル工房, 東京.


装幀 : ミルキィ・イソベ

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さて、読んですぐわかるように、これは

2018年5月4日金曜日 BURROUGHS WITH MUSIC (46) SPARE ASS ANNIE AND OTHER TALES-その10
2018年5月5日土曜日 BURROUGHS WITH MUSIC (47) SPARE ASS ANNIE AND OTHER TALES-その11
2018年5月6日日曜日 BURROUGHS WITH MUSIC (48) The Junky's Christmas(映像版)

で紹介した

・William S. Burroughs (1989) The Junky's Christmas. IN : INTERZONE. Viking, NYC.
・ウィリアム・バロウズ・著, 諸岡敏行・訳 (1992.5) ジャンキーズ・クリスマス. ユリイカ, vol.24, no.5, pp.90-96.

とほぼ同じ話。登場人物や設定は少し変えてあるが。

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The Junky's Christmasの方が完成度が高いので、おそらくThe "Priest" They Called Himが執筆は先で、それを元に翻案したのが、The Junky's Christmasということだろう。

救いが、あるのかないのかわからない、ジャンキー人情話だ。

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The "Priest" They Called Himでは、主人公ははっきり死んだとわかるのだが、Burroughsはそれでは面白くないと思ったのだろう。The Junky's Christmasでは、わざとどうなったのかわからないようなendingにしてある。

街の描写やヤクがらみの描写は、The Junky's Christmasの方が細かく入念で、深みが増している。

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朗読としてThe "Priest" They Called Himを選んだのは、BurroughsであろうかKurtであろうか?あるいはBurroughsの秘書James Grauerholz(本作のproducerでもある)か?

1992年といえば、並行してSPARE ASS ANNIE AND OTHER TALES [Island/Red Label] release 1993 の制作が行われていた頃。

もしかするとBurroughsの朗読は、その残り素材だった可能性もある。SPARE ASS ANNIE・・・でThe Junky's Christmasを使ったので、類似作品のThe "Priest" They Called Himがこっちに回ってきたとか・・・。

この辺の事情は、Grauerholzに回想録でも書いてもらわないとわからないところだな。

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なかなかの怪作なのだが、なにせうるさいので、あんまり聴き返すことのない作品だ。

でもたまにすごく聴きたくなる。オレもKurt Cobainの亡霊にとりつかれたかな?

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(追記)@2019/02/12

なお、このThe "Priest" They Called Himには、自主制作のshort movieがある(白黒)。

・vimeo > The Priest They Called Him(uploaded in ca.2013 by Eliana Nava)
https://vimeo.com/54689316

小説執筆当時の習俗を再現する気もないし、The Priestも神父らしい格好もしていない若者だし、完成度は低い。

BackにはBurroughs+Kurt Cobainの音源を(おそらく無断で)そのまま使ってあるし、まあ、小説のイメージをつかむ入り口としてはいいかもしれない。

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(追記)@2019/02/12

The "Priest" They Called Himは10分程度なので、Nirvanaのcompilation album(たいていはunofficialのやつ)にも入っているようです。

単発CDが見つからず困ってる人は、そっちから攻めてもいいだろう。

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