引き続き
William S. Burroughs/SPARE ASS ANNIE AND OTHER TALES [Island/Red Label] release.1993
Art Direction & Design : David Calderly
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William S. Burroughs (vo, words), Hal Willner (music), The Disposable Heroes of Hiphoprisy (music), Peter Scaturro (org), Chris Hunter (g)
13. The Junky's Christmas
その和訳版。
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クリスマスだった。「窓ふき」ダニーは街にでた。薬がきれていた。留置場で七十二時間すごしたばかりだ。よく晴れて、明るい日だったが、温かいとは日の下でも感じなかった。ダニーは自分のなかの寒さにふるえた。すりきれ、てらてらしたコートのえりをたてた。
質にいれたって、これじゃ二ドルにもならないよ。
ダニーは西四十九丁目にいた。この一画は貸し部屋が多くて、古びた茶色い建物がずっとつづいている。あちらこちらで、クリスマスの花輪がみがかれた黒い窓に飾りつけてある。なにもかもがくっきりと、鮮やかにみえた。薬がきれて、ささくれた感覚が痛い。明るさが瞳孔のひらいた目を刺した。
乗用車のそばをとおった。ダニーは青みがかった目をはしらせて、さっと値踏みした。座席に包みがひとつあり、三角窓があいている。そのまま十フィートゆきすぎた。ひとの影はなかった。ダニーは指を鳴らして、なにか思いだしたようにあともどりした。だれもいない。
まがわるいよ。こんなにがらんとしてちゃ、目立ってしょうがない。はやいとこ、やっつけないと。
三角窓に手をのばした。うしろのほうでドアがあいた。ダニーはぼろきれをだして、フロントガラスをふいた。自分のうしろに、ひとがたっているのを感じた。
「なあに、してる?」
びっくりしたように、ダニーはふりかえった。「窓をふいているんです。よごれていたんで」
男はかえるのような顔をしていて、ことばに南部のど田舎のなまりがあった。キャメルのコートを着ている。
「わたしのくるまあ、よごれてない。盗(と)るものもないぞ」
ダニーは横にうごいて、自分につかみかかる相手をかわした。「なにも盗りませんよ。ぼくだって南部の生まれです。フロリダの・・・」
「だあまれ、こそどろ!」
ダニーは早々にたちさった。角をまがった。
このへんでうろうろするのはまずい。あれは警察を呼ぶぞ。
十五ブロックあるいた。汗がからだを流れおちた。胸がさしこむように苦しい。黄色い歯をむいて、ダニーはやけくそでうめいた。
なんとか手に入れなくちゃ。もっと、ましなのを着てたら・・・。
スーツケースがひとつ、建物の出入り口においてあった。いい革だ。ダニーはたちどまって、タバコをさがすふりをした。
まぬけだよ。だれもいない。家のなかでタクシーを呼んでるんだ。
二、三軒さきに角があった。大きく息をつくと、ダニーはスーツケースもちあげた。そして角をまがった。つぎの角をおれて、またつぎの角をおれた。スーツケースがおもい。
これで手にはいる。十六分の一オンス(ニグラム弱)と部屋代にはなる。からだがふるえた。部屋の暖かさと、ヘロインが静脈に流れこむのを感じたからだ。ちょっと、なかをみてやろう。
ダニーはモーニングサイド公園のなかにはいった。だれもいない。
まったく。こんな空っぽの街、みたことないよ。
スーツケースをあけた。細長いかたまりがふたつ。茶色の紙に包まれている。そのひとつをとりあげた。肉かな?ダニーは包みのはじをやぶった。女の足だ。まっかなマニキュアが爪にしてある。ダニーは苦笑して捨てた。
「くそ!」ダニーは声にだしていった。「これだもの、このごろは。足だよ! でも、ケースはいける」あとの包みも捨てた。血のしみはない。スーツケースのふたを閉じて、その場をはなれた。
「足だよ!」
ジャロウのカフェテリアで「仕入れ屋」をみつけた。
「休みじゃないの?」ダニーはスーツケースを床におろした。
仕入れ屋はさえない顔で首をふった。「だれにもらうの?クリスマスがなんだっていうの?」その目がスーツケースをなでまわして、さぐり、たしかめ、きずがないか調べた。「なかは?」
「なにも」
「どういうこと? どうしろっていうの?」
「いっただろう、なにもはいっていないって」
「そう。からのケースでたびにでるやつもいるわけ。そう」仕入れ屋は指を三本たてた。
「よせやい、ギムピー。五ドルにしてよ」
「ほかをあたったんだろ?五ドルになんなかったの?」
「空だったんだってば」
ばかにしたように、ギムピーはスーツケースを軽く蹴った。「きずだらけだわ、見場はわるいわ」ギムピーはへんな臭いをかぎとった。「この臭い、なんなの? メキシコの革?」
「ぼくが革のプロにみえる?」
ギムピーは肩をすくめた。「そうねえ」ギムピーは巻いた札のたばをだすと、三枚ぬきとった。それをテーブルの上にみせて、紙ナプキンいれのかげにおいた。「いい?」
「うん」ダニーは札を手にとった。「ギリシア人ジョージをみなかった?」
「どこにいたっていうの? おととい、つかまったよ」
「ええ! なんでよ」
ダニーは外にでた。さあ、どうする? ギリシア人ジョージとは長いつきあいだ。どんなときだって手にはいるものと思っていた。質のいいヘロイン、それも量のごまかしてないやつ。
ブロードウェイを百三丁目まできていた。ジャロウの店にはだれもいない。オートマットにはだれもいない。
「ああ」ダニーはののしった。「売るやつはみんな、どこかでぶっとんでいるんだ。あいつらはひとのことなんて、気にしちゃいない。自分ひとり、いい思いをしてりゃさ。薬がきれたやつのことなんて、かまっちゃいない」
ダニーは指を一本あてて、鼻をこすった。そっと、あたりをうかがった。
< -- 省略 -- >
二十三丁目のトムスンの店にも、知った顔はなかった。
くそ、みんな、どこに消えたの?
ダニーは片手でコートのえりをかきあわせて、通りを訪ね歩いた。ブルックリン・ジョーイがいる。こいつとはまえに会ってる。
「ジョーイ、おおい、ジョーイ!」
こちらに背をむけて、あるいていた。ジョーイはふりかえった。頬がこけて骸骨みたいだ。灰色の目が灰色のフェルト帽の下で光っている。ジョーイは鼻をぐずぐずいわせて、息をした。目がうるんでいた。
こりゃだめだ。たがいにがっかりして、ふたりは恨みがましく相手をみた。
「ギリシア人ジョージのこと、きいた?」ダニーはいった。
「うん、きいた。百三丁目にいたの?」
「うん。いってきた。だれもいない」
「どこにも、だれもいないよ」ジョーイはいった。「なにも手にはいらない」
「そうだね。メリー・クリスマス、ジョーイ。じゃあまた」
「うん。それじゃあ」
ダニーは足ばやにあるいた。十八丁目の医者を思いだしたからだ。もちろん、もうくるなといわれていた。しかし、あたってみない手はない。
茶色い建物の窓に表札がでていた。「医師P・H・ズニガ」ダニーはドアベルをおした。ゆっくりとあるく音が近づいた。ドアがあいて、医師は充血した茶色い目でダニーをみた。< -- 省略 -- > 医師はなにもいわなかった。ただよりかかって、ダニーをみた。
このアル中野郎、ダニーは医師に笑いかけた。
「メリー・クリスマス、先生」
なんの反応もなかった。
「おぼえてます? 先生」ダニーは相手の横をすりぬけて、なかにはいろうとした。「せっかくのクリスマスなのに、すいません。でも、またでたんです」
「でた?」
「ええ。顔面神経痛です」はでに顔の片側をゆがめてやった。医師はあとずさりした。ダニーは暗い家のなかにはいりこんだ。
「閉めたほうがいい。風邪をひきますよ」ダニーは明るい声でいいながら、ドアを手でついて閉めた。
焦点をあわせるように、医師は目をこらした。「処方はできないよ」
「でも、先生。急患なんです。そうでしょう?」
「処方はできない。むちゃだよ。法にふれる」
「ほんとうなんです。先生、苦しいんです」その声が裏がえって、ヒステリックな泣き声になった。
医師はたじろぎ、額に手をやった。
「そう、まあ。四分の一グレイン(十六ミリグラム強)の錠剤なら、なんとかなる。それで、せいいっぱいだ」
「でも、先生。四分の一じゃ・・・」
医師はダニーの声をさえぎっていった。「きみのいうとおりなら、じゅうぶんだ。そうでないなら、いっさいかかわりたくない。ここで待っていなさい」
医師はゆらゆらと奥にひっこんだ。あとに酒の臭いがのこった。医師はもどると、ダニーのてのひらに薬を一錠おとした。それを紙きれに包んで、ダニーはしまいこんだ。
「薬代はいいよ」ドアのとってに手をかけながら、医師はいった。「じゃあ、きみ・・・」
「でも、先生。注射がまだ・・・」
「だめだ。服用すれば長く効くよ。じゃあ、これっきりにしてくれ」医師はドアをあけた。
いいさ、これで助かる。部屋を借りる金ものこったし。
< -- 省略 -- >
西四十丁目で、週六ドルの部屋に二ドルだした。主人とは知りあいだった。ダニーは部屋のドアに鍵をかけて、スプーンと注射針、目薬さしをベッドわきのテーブルの上においた。そしてスプーンに薬をのせると、目薬さしで水をたっぷりくわえた。ダニーはスプーンの下にマッチの火をかざして、錠剤を溶かした。そのあとに細くさいた紙を水にぬらした。目薬さしのさし口と針のつなぎめに巻いて、空気のもれをふせぐためだ。ダニーはポケットから綿をだすと、スプーンにいれた。そこへ針をとおして、目薬さしに液を吸わせた。最後の一滴を吸いあげるまで、針はぬかない。
興奮に手がふるえた。息づかいがはやくなった。一回分の薬を目のまえにして、はりつめていたものがゆるんだ。薬ぎれが全身をおそった。足がしびれて、うずいた。胃のあたりがきりきりする。焼けつくように熱い目から涙が頬をつたった。ダニーはハンカチーフを右の二の腕に巻いて、いっぽうのはじを歯でかんだ。それをひと結びすると、腕をこすって静脈をうかせた。
これでいい。適当な静脈に指をはわせながら、ダニーは左手で目薬さしをとりあげた。
そのとき、となりの部屋のうめき声が耳にはいった。ダニーはいらつて顔をしかめた。また声がした。ききすごすことができなかった。目薬さしを手にして、むかいの壁のまえまでいくと、ダニーはきき耳をたてた。うめき声は息をつくたびにきこえた。ぞっとする人間ばなれした声で、はらわたをかきむしるかのようだ。
たっぷり一分はきいていた。ベッドにもどって、ダニーは腰をおろした。なんで、だれも医者を呼ばないの? 腹がたった。気がめいっちゃうよ。腕をのばして、ダニーは目薬さしをかまえた。首をかたむけたとき、また声が耳にはいった。
かんべんしてよ! ハンカチーフをはずすと、ダニーは目薬さしをコプにいれて、くずかごのかげに隠した。廊下にでて、となりの部屋のドアをたたいた。答えはなかった。うめき声はつづいている。ドアをおしてみた。あいた。
ブラインドは巻きあげられ、部屋に光があふれていた。年よりだろうと思ったが、ベッドにいるのはいやに若い男で、十九か二十の顔だ。服を着こんだまま、からだをおりまげて、腹をだきしめていた。
「どうしたの?」
若者はダニーをみた。その目は痛みでうつろだった。ようやく、ことばをひとつ口にした。「腎臓・・・」
「腎臓結石?」ダニーは吹きだした。「ごめんごめん、ただ・・・いやってほど口実に使ったんでね。ほんものははじめてなんだ。救急車を呼んでやるよ」
若者はぐっと痛みをこらえた。「きません。医者はきやしないんです」そして枕に顔をおしつけた。
ダニーはうなずいた。「薬ほしさに仮病を使うなってわけだね。でも、これはほんものだからさ。ぼくが病院についていって、話をすれば・・・いや、かんたんにはいかないか」
< -- 省略 -- >
話は途中できれた。ダニーは細く、きたない手をいきなりのばして、相手の肩においた。
「ご、ごめんよ。待ってたまえ。なんとかするから」
ダニーは自分の部屋にひきかえすと、目薬さしをもってもどった。
「腕をまくるんだ」若者は力なく上着のそでをたぐった。
「ああ、いいよ。ぼくがやる」ダニーは若者のカフスボタンをはずした。シャツと上着のそでをたくしあげて、きゃしゃな茶色い前腕をだした。目薬さしをみて、まよった。鼻から汗がしたたる。若者がダニーをみあげた。ダニーは若者の腕に針を刺して、肌に液が吸いこまれていくのをみた。
若者はおちつきをとりもどした。からだをおこして、笑顔をつくった。
「ほんと、効きますね」若者はいった。「お医者ですか?」
「ちがうよ」
若者は横になり、からだをのばした。「すごい眠い。きのうは眠れなかったんです」その目が閉じた。
ダニーは窓際にたって、ブラインドをおろした。それから自分の部屋にもどると、ドアを閉めた。鍵はかけなかった。ベッドに腰をおろして、ダニーは空の目薬さしをみた。外は暗くなりかけている。からだがうずいていた。いまはにぶい痛みだった。にぶくて、救いようのないやつだ。
< -- 省略 -- >
とつぜん、からだを暖かいものが流れた。それが頭のなかで、無数の火の玉になってはじけた。
すごい! きっと、純粋なやつにあたったんだ。
けだるい薬ぎれの静けさがダニーを包んだ。その表情はゆるみ、おだやかになった。窓ふきダニーは頭から倒れた。
from ウィリアム・バロウズ・著, 諸岡敏行・訳 (1992.5) ジャンキーズ・クリスマス. ユリイカ, vol.24, no.5, pp.90-96.
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救いのあるようで救いがない、ジャンキー人情話だ(笑)。
最後の場面は何が起きたのか(禁断症状でおかしくなって気絶しただけか、死んだか、それとも何か超常現象で、ヤクなしでこれまでにない快楽を得たのか)よくわからないが、ともあれDannyには幸福感が訪れたことでよしとしよう。
街の描写や、ヤクがらみの細部についてのBurroughsの描写が、この小編を奥深いものにしている。
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(追記)@2018/05/15
なお、この「ジャンキーズ・クリスマス」には別訳もある。
・ウィリアム・バロウズ・著, 柴田元幸・訳 (1997.1) ジャンキーのクリスマス. エスクァイア日本版, 1997年1月号.
→ 再録 : 柴田元幸・編訳 (2009.6) 『いずれは死ぬ身』所収. pp.31-44. 河出書房新社, 東京.
どちらがBurroughsの魅力を引き出しているか、比べてみるのも一興。
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